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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)4812号 判決 1961年10月31日

原告 大和川鑿泉工業所こと山本長治郎

被告 森ふさゑ

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、被告は原告に対し金十万二千円及び之に対する本件支払命令送達の翌日より完済に至る迄年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は、鑿泉堀堀抜井戸等の請負を業とし、被告は温泉即ち湯屋営業を営む者である。

二、昭和三十五年三月二十九日原告は被告の注文により、被告肩書地に於て内径六吋、基準深度二百尺、透水層不充分なる場合堀増揚水充分なる場合其の地点迄堀抜く、単価一尺につき金千二百円、着工と同時に内金五万円を、工事の中間に金五万円を各支払い、残代金は工事完成引渡後三日以内に支払を受けること等の約束で鑿泉工事を請負つた。

三、そこで、原告は直ちに工事に着工し、深度二百三十五尺の地点迄鑿泉して工事を完成し、同年七月十六日被告に之が引渡を完了した。

四、然るに、被告は約旨に反し、請負代金二十八万二千円の内、昭和三十五年三月五日金四万円、同年四月六日金六万円、同年七月二十二日金七万円、パラス代金一万円、以上合計金十八万円を支払つたのみで、残代金十万二千円については再三請求するも之に応じない。

五、よつて之が残代金十万二千円と之に対する本件支払命令送達の翌日より完済に至る迄年六分の割合による損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ次第である。

と陳述し、右主張に反する被告の主張事実を全部否認した上、(一)水質については、最初より瀘過器を使用する前提のもとに鑿泉をなしたものである。(二)被告は水量が不足であると主張するが、本件の如く二百三十尺からの深度より内径六吋の水道管を用いて揚水する場合には、被告主張のエアーコンプレツサー、五馬力モーターにては不充分であり、之では断続的に揚水することが出来るだけである。本件鑿泉より揚水するには、ブアホールポンプを使用すべきであつて、エアーコンプレツサーはブアホールポンプの十分の一の揚水能力しかない。被告はこのことを充分承知しているのに拘らず之に要するポンプ及びモーターの設備使用を怠つているのであるから、たとえ揚水不充分であるとしても原告の責任でない。(三)原告は、前述の如く被告より工事を請負うと直ちに工事に着手し、昭和三十五年四月二十二日に鑿泉を完成したが、被告の浴場開店の予定が同年八月十五日であり、直ちに電気の引込をなすと四ケ月乃至五ケ月間電気の基本料金を徴収されることになるので、被告は之を免がれるため同年七月十六日に至つて電気工事を了し、その主張の如く僅か五馬力のモーターを使用し、エアーコンプレツサーで揚水試験をなしたものである。以上の如く、原告の工事に不充分な点は存在しない。

と述べ、立証として、甲第一号証を提出し、証人山本正一の証言を援用すると述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁並びに抗弁として、

一、請求の原因第一、二項の事実は之を認めるが、契約成立の日は昭和三十五年三月五日であり、右請負契約は、一時間につき約七十石の揚水可能の設備であること及び工事残代金は工事完成後完全なる揚水可能なることを確認した後之を支払う旨の特約付であつた。請求の原因第三項の内、原告が工事を完成して之を被告に引渡したとの点を否認し、その余を認める。同第四項の内、被告が原告主張の日にその主張の各金員を支払つたことを認める。

二(一)、被告は、布施市友井町五十番地に於てミトウセンターなる名称で浴場を経営している者であるが、右浴場新築に際し浴場用水の揚水設備として訴外島浦勇より紹介された原告に対し鑿井工事の注文をなしたものである。被告の浴場は「西勝式温寒冷法」用の浴槽をも設備したため水の使用量多く、一時間につき約七十石の水量を要するので、この水量を確保することが右請負契約の内容をなしていた。

(二)  原告は、契約成立と同時に着工し、昭和三十五年七月十六日迄に地下約二百三十五尺の深度に及ぶ鑿井工事をなし、契約に定める揚水能力も水質も充分に満たすものであるとして工事を終えた。然るに、昭和三十五年八月五日頃揚水用の諸機械を据付けて揚水能力及び水質を試験したところ、揚水能力は僅かに二十石乃至二十五石の程度であり、水質は鉄分が多く、瀘過器を使用しても浴漕の底部が濁り、到底浴場営業用水としては使用に堪え得ないものであつた。原告は右の試験に立会つたが、数日試験している内に良くなるだろうと言うだけで要領を得なかつた。

(三)  ところが、被告方浴場の開店日たる八月十五日も迫り、一方約十日間の試運転にも拘らず水の状態は揚水能力、水質共一向に好転しないので、被告は被告方より約八十メートル離れた野井戸の所有者訴外大東と交渉して毎月金三千五百円の使用料を支払う約定で野井戸より貰水をすることとし、八月十四日より徹夜作業で配管工事をなし、ようやく翌十五日の開店に間に合わせることが出来た。そしてその後現在に至る迄、被告は原告の鑿井工事による水は一滴も使用することが出来ず、右野井戸の水で営業を継続している。

(四)  右の通りであるから、原告は請負工事を完成していないので、報酬請求権を有しない。

三、仮に、原告が工事を完成し、工事の目的物を被告に引渡したものと解し得るとしても、前記のような事情では工事の目的物に瑕疵がある場合に該当するので、被告は原告に対し瑕疵の修補に代え、被告の受けた損害につき之が賠償を請求する。そしてその損害の額は、

(イ)  地下水揚水用機械が不要になつたため之を処分したことによる損害即ちエアーコンプレツサー(買受価格金五万五千円)エアータンク(買受価格金三万円)、モーター五馬力(買受価格金二万五千円)の買受価格合計金十一万円より処分価格金三万円を控除した残額金八万円、

(ロ)  前記機械据付工事費金二万円、

(ハ)  電気工事費金三万円、

(ニ)  野井戸より被告方迄の配管工事費一切金五万円、

(ホ)  昭和三十五年八月十五日以降毎月金三千五百円の割合による使用料で、既払分金一万四千円、

であるが、右損害金の支払と原告の報酬請求権とは同時履行の関係にあるから、被告は同時履行の抗弁を行使する。

と陳述し、立証として、証人島浦勇、同森利夫の各証言を援用し、甲第一号証の成立を認めると述べた。

当裁判所は、職権を以て原告本人を尋問した。

理由

請求の原因第一、二項の事実(但し、契約成立の日を除く)、同第三項の内原告が昭和三十五年七月十六日迄に深度二百三十五尺の鑿泉工事をなしたこと、同第四項の内被告が原告主張の日にその主張の各金員を支払つたことは、何れも当事者間に争がない。

よつて案ずるに、本件の争点は、原被告間の請負契約に於て水質及び水量につき如何なる特約が締結されていたかの点に要約される。そこで考えるに、成立に争なき甲第一号証、証人山本正一、同島浦勇、同森利夫の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、(イ)原被告間に本件請負契約が締結されたのは昭和三十五年三月上旬頃であり、甲第一号証の契約書は、原告が工事に着手して後作成されたものであること、(ロ)被告は、昭和三十五年八月十五日を開店の日と予定して肩書地にミトウセンターなる名称で浴場を新築し、右浴場の浴漕に「西式健康法」の水風呂をも附設したので通常の浴場より多量の営業用水を必要としていたところ、たまたま訴外島浦勇より原告を紹介され、原告との間に本件請負契約を締結するに至つたこと、(ハ)そしてその契約締結に当り、甲第一号証の契約書に明記されていないけれ共、水質の点につき瀘過器による瀘過可能の鉄分を含有することは差支ないが浴場に使用可能な水質であること又水量の点につき五馬力の電動機付エアーコンプレツサーにより一時間約七十石の揚水が可能なることの二点を契約の要素としていたこと、(ニ)原告は契約締結後直ちに工事に着工し、約四十日間程で工事を終了したが、電気の配線工事が遅延したため同年七月十五日頃一応工事を被告に引渡したこと、(ホ)被告は前記のエアーコンプレツサーと瀘過器を設置し、約二週間に亘り揚水の試験を行つたところ水質に於て多量の鉄分以外に有機物を含有するため到底浴場の営業用水として使用するに堪えず、且つ水量の点に於ても一時間約七十石に達せず、せいぜい三十五石位が限度であつたので、被告は直ちにその修補を要求しつつも、開店の予定日が迫つたため訴外大東某と契約して同訴外人所有の野井戸より水を引き開店に間に合わせたこと、(ヘ)その後も被告は本件の鑿泉工事による揚水を営業に使用していないことが夫々認められる。証人山本の証言及び原告本人尋問の結果の内右認定に反する部分はたやすく信用することが出来ない。

原告は、水質の点は契約の内容に含まれていないと主張するが、被告が浴場を経営する者であり、本件の工事が浴場営業用水の鑿井を目的としていることに鑑み、右主張は援用し難い。尤、この点に関する甲第一号証の契約書は甚だ不備で、僅かにその第三項但書に「透水層不充分の場合云々」の規定が有るに止まるが、契約全体の趣旨より考えて、水質の点が全く除外されていたものと認めることは出来ない。次に、水量の点も、契約書には、一時間につき約七十石の揚水能力を要する旨明記されていないが、その特約条項第二項に、「残額決済は工事完成後完全なる揚水確認の上なすものとする」との記載が有り、之に被告が通常の浴場よりも多量の営業用水を必要としていた事情を加味すると、一時間につき約七十石の揚水能力を必要とすることが契約内容になつていた旨の証人島浦、同森の各証言は措信するに足るものと言うべきである。更に、原告が工事を終了した後に於て、揚水設備に、エアーコンプレツサーで足りるか或いは原告主張のブアホールポンプを必要とするかが争となつていることにより、所期の揚水能力を発揮しなかつた事実が充分に窺える次第である。そして以上の、水質及び水量の欠陥は仕事の未完成を意味するものであり、又民法第六百三十四条に言う、仕事の目的物に瑕疵あるとき、に該当すると言う外はない。

そうだとすると、原告は未だ請負契約の仕事を完成していない者であるから報酬の請求をなすことが出来ないと言わねばならない。仮りに、同年七月十五日頃を以て仕事の目的物の引渡が完了しているとしても、被告は本訴に於て仕事の目的物に対する瑕疵につき修補請求に代る損害賠償を主張した上同時履行の抗弁権を行使しているので、工事の瑕疵を理由に報酬の支払を拒絶し得ると解するのが相当である。

尚、附言するに、本件の如く、地下二百尺以上にも及ぶ深層より地下水を汲上げることを目的とする土木工事の請負が、仕事を完成しない以上提供した労務についても全く報酬を請求することが出来ないのを原則とする厳格な意味の請負契約に属するか否かは一考を要する。即ち、地下二百尺以上の深層より地下水を汲上げる工事は、現時に於て未だその水質及び水量の点につき何のような結果を招来するかたやすく予測することの出来ないものと考えるのが相当であつて、若し所期の目的を達しない場合にすべて之を請負人の債務不履行とし、労務の供給についても報酬請求権がないとすることは請負人側の一方にのみ不利益を強いるもので当事者がその旨の特約を結ぶ場合は格別そうでない以上は甚しく不合理である。かかる場合には、あたかも訴訟の遂行或いは病気の治療等が、仕事の完成についてだけ報酬を支払うのでなく、事務の処理又は治療行為自体に対しても報酬を支払うように、注文者は請負人の労務の供給に対し或程度の報酬を支払うべき義務を有すると考えるべきではなかろうか。このような見地より、甲第一号証の契約書第四項の金十万円の内払の規定及び被告が原告に対し既に支払つた金十八万円は、本件請負契約の労務提供に対する報酬であつて、仕事の完成に対する報酬の前払ではないと考えられるから、被告は原告に対し、右金十八万円を報酬の前払と看做し、仕事の未完成を理由にその返還を請求する権利を有しないと言うべきであろう。

とに角、原告の本訴請求は爾余の争点に対する判断をまつ迄もなく失当であるので之を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 石垣光雄)

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